D.818 Op.54

シューベルト:ハンガリー風ディベルティメント ホ短調
連弾(piano 4 Hands)3楽章から成る作品。

1824年、ハンガリーのジェリズでエステルハージ伯爵家の2人の娘にピアノを教えていた時期に作曲された連弾曲。第3楽章はシューベルト自身によるソロ用作品もあり、(ハンガリーメロディー D817)聞いたことがある人は多いと思います。

ここではその第1楽章について説明します。

独特の雰囲気と「アンダンテ」というテンポ設定

「ディベルティメント(嬉遊曲)」という軽いタイトルがついていますが、この第1楽章は決して軽い音楽ではありません。 冒頭から**「アンダンテ(歩くような速さ)」**で始まりますが、これは単に遅いということではなく、ハンガリーの広大な平原(プスタ)を思わせるような、広がりと寂寥感を持っています。ソナタ形式のような劇的な展開というよりは、ロンド形式に近い形で、主題が何度も姿を変えて回帰する、シューベルト特有の「歌い継がれる」構成をとっています。

ハンガリー(ジプシー)音楽の要素

この楽章の最大の特徴は、当時流行していた「ヴェルブンコシュ(Verbunkos/ハンガリーの徴兵舞踏音楽)」やロマ(ジプシー)音楽の要素が色濃く反映されている点です。

  • 独特のリズム: 冒頭の主題に現れる「タッカ・タッカ」という付点リズムや、フレーズの終わりに現れる「短・短・長(タタ・タン)」というリズム(ハンガリー語のアクセントに由来)が全編を支配しています。
  • 旋律の音階: 増二度(例えば、変ホと嬰へなど)を含む、いわゆる「ジプシー音階」的な動きが随所に見られ、これがエキゾチックで哀愁を帯びた響きを生み出しています。
  • ツィンバロンの模倣: ピアノの書法において、ハンガリーの民族楽器である「ツィンバロン(打弦楽器)」を模倣したようなトレモロや、急速な同音連打、広い音域を使ったアルペジオが多用されています。連弾という形態を生かし、プリモ(高音部)とセコンド(低音部)が掛け合うことで、まるでオーケストラや民族楽器のアンサンブルのような響きを作っています。

シューベルトらしい「調性の放浪」

ハンガリー風の旋律を用いながらも、シューベルトの天才性は**転調(キーの変化)**に表れています。 ト短調で始まった音楽は、ト長調、ハ長調、変ホ長調……と、まるで景色が変わるように次々と転調を繰り返します。特に、短調の悲しげな響きから、ふっと長調に変わった瞬間の「慰め」のような美しさは、シューベルト音楽の真骨頂です。 激しい情熱(フォルテ)と、内向的な独白(ピアノ)が交互に現れ、聴く人の心を揺さぶります。

構成上の特徴

形式的にはロンド風ですが、非常に規模が大きく、執拗なまでに主題を繰り返します。 主題A(ト短調)が何度も戻ってくるのですが、そのたびに装飾が加わったり、伴奏形が変わったりします。途中のエピソード(中間部)では、少し明るい行進曲風の場面や、劇的なクライマックスも用意されていますが、最後は静かに、何かが消え入るように終わります。

エピソード:台所のメイドの歌

有名な逸話として、シューベルトがエステルハージ邸の台所から帰ってきた時、そこで働いていたメイドが歌っていたハンガリーの歌に惹かれ、それを元にこの曲(あるいはこの曲の主題)を書いたと言われています。

まとめ

第1楽章は、「ハンガリーの土俗的なエネルギー」と「シューベルト個人の内面的な寂しさ」が奇跡的に融合した音楽です。 連弾奏者にとっては、単にリズムを合わせるだけでなく、広大な空間を共有し、哀愁漂う歌を語り合うような、深い対話が求められる楽章と言えるでしょう。

Text assisted by Gemini