なぜ、今この物語を綴るのか

空気の存在しない地帯を歩く

日本の社会的養育、あるいは家族支援の歴史の中で、制度と現場のあいだには、常に「空気の存在しない地帯」がありました。 親族里親やステップファミリーといった、いわゆる「中途養育者」たちが置かれた場所です。 そこは、行政の窓口に行けば「対象外」と言われ、世間からは「愛情があればできるはず」と背中を押され、誰にも見られずに孤立を深めていく場所でした。

私は、その地帯を二十年以上歩いてきました。

「事実」を「物語」に変える理由

今回、自らの経験を「自伝的小説」という形で公開することにしました。 実名や事実をそのまま記す記録ではなく、あえて「フィクション」というフィルターを通したのは、以下の理由からです。

  1. 普遍性を描くため: 個人の記録にとどまらず、同じような境遇にいる「顔のない養育者」たちの姿を投影し、彼らの物語としても機能させたいと考えたからです。
  2. 感情の真実を掬うため: 事実を追うだけでは零れ落ちてしまう、当時の閉塞感、震えるような孤独、そして今だからこそ言える「しくじり」の数々を、より鮮明に描き出すためです。
  3. 伴走の記録として: かつてネットの片隅で出会い、共に「現実」へ帰るために扉を閉めたある女性との対話を通じて、支援の本質とは何か、伴走とは何かを問い直したいと考えました。

継続的な支援活動のために

本連載の一部(各章の後半など)は、codocによる有料コンテンツとして提供させていただきます。 いただいた収益は、本サイト「altcare.jp」の運営維持費、および孤立する養育者の方々への相談業務を継続するための活動資金として大切に活用させていただきます。

物語を読み進めていただくことが、そのまま「空気の存在しない地帯」にいる誰かへの支援に繋がるような、そんな循環を目指しています。

終わりのない伴走の始まり

物語は、2003年の夏、ハンナと凛太郎が私たちの家にやってきたところから始まります。 そこから、どのようにして「中途養育者」という言葉に出会い、紆余曲折を経て、社会的養護の現場へ「侵入」し、今の活動に至ったのか。

これは、一人の人間が「自分を救うための言葉」を探し求め、それがいつしか「社会の仕組み」を問う言葉へと変わっていく記録です。

第0章:失われた名前と定形への道(1970s – 2002)

red3というアイデンティティの起源と、嵐の前の静けさ。

第1章:中途養育の困難ーー非定型の迷走(2003 – 2005)

日常が侵略され、システムで対抗しようとした記録。

  • [1-1] 2003年夏、来訪者:非定型家族の始まり
    • ハンナと凛太郎の引き取り。自由人としてのアイデンティティの終わり。
  • [1-2] タクティカル・ライフ:終わらないお泊まり保育の演出
    • トラウマを直視させないための、意図的でポジティブな演技。
  • [1-3] 食卓の規律:情報の遮断と資源の分配
    • テレビの消灯、個別プレート制など、トラブル回避のためのシステム運用。
  • [1-4] プレグナンツの法則の誤謬:笑顔は安堵ではない
    • 周囲の「よかったね」という誤解と、アタッチメント不在のリアリティ。
  • [1-5] インフォーマル・ケアの孤立
    • 支援資格のない「親族」という立場。教科書なき消耗戦。

第2章:ブログ~2ch~SNSーー新たな聖域への実験(2006)

逃避場所としてのネット空間と、人格の乖離。

  • [2-1] hodaka@というマスクマン:良き養育者という演技
    • 楽天ブログ表層での振る舞いと、理想化された自分。
  • [2-2] 密室の構築:「ゲシュタルトの祈り」とワタルの召喚
    • 裏ブログの開設。父の名「ワタル」を借りて吐き出した本音。
  • [2-3] 鏡の中の海未:中途養育者の共鳴
    • 妻と同じ境遇(弟の子の養育)にある女性との接触。
  • [2-4] 音楽による同期実験:言葉を超えた依存
    • 論理ではなく、感傷(歌詞・メロディ)を通じた危険な没入。

第3章:ゲシュタルトの夢ーー鏡の破砕(2007)

実験の失敗と、防衛的な切断。

  • [3-1] 境界線の溶解:救世主願望という毒
    • 海未からの依存と、現実生活への侵食の予兆。
  • [3-2] 強制終了(ジ・エンド):ワタルの終焉
    • 「祈り」をナイフとして使った一方的な断絶。父の影との決別。
  • [3-3] 2007年9月:砕かれた鏡と事務的処理
    • 海未からのメッセージと、それに対する意図的な冷い反応。
  • [3-4] 空白の始まり:red3の再封印
    • 感情を殺し、再び機能的な日常へ戻る選択。

第4章:大学~心理学~社会学ーー理論による再武装(2008 – 2012)

体験を言語化し、意味づけようとする知的な戦い。

  • [4-1] アイデンティティの再構築:社会人入学の決意
    • 困難を客観視するためにアカデミズムの門を叩く。
  • [4-2] 体験の言語化:心理学・社会学による自己解剖
    • 個人的な苦しみを「社会構造」や「心理メカニズム」として翻訳する作業。
  • [4-3] 理論の鎧:感情を論理でコーティングする
    • 二度と傷つかないための、最強の盾としての知識。

第5章:NPO~施設~現場ーー「正しさ」の限界(2013 – 2019)

支援者としての活動と、決定的な敗北。

  • [5-1] NPOと啓蒙活動:正しさの布教
    • 実名による社会活動。制度への働きかけ。
  • [5-2] 2017年の敗北:凛太郎の自死
    • 構築したシステムからこぼれ落ちた命。
  • [5-3] 児童養護施設の現場:支援のプロとしての葛藤
    • 「措置」という枠組みの中でできること、できないこと。
  • [5-4] パラダイムの崩壊:なぜ「正しさ」は孤独を救えないのか
    • 「支援(引き上げ)」の限界と、無力感。

第6章:こどもの代替養育ーー「支援」から「伴走」へ(2020 – Future)

統合と再生、そして未来への提言。