境界線の溶解
2007年に入ると、密室での「共鳴」は変質していった。 当初、私たちが共有していたのは「中途養育者の孤独」や「外で言えない醜悪な本音」だった。しかし、海未(umi)からの反応は、次第に私個人への理想化を含み始めた気がした。
彼女は私の言葉の意味を考え、それを理解し、指針として行動しようとしたのかもしれない。 彼女は自身の生活の中で、他者との対話や、相談に対して、その精神的な支柱を私に求めた。 「ゲシュタルトの祈り」で定めた「私は私のために、あなたはあなたのために」という境界線が、機能不全を起こしはじめた。
鏡は、ただ自分を映すだけの存在ではなくなっていた。 鏡の向こう側の像が、実体を持ってこちら側の領域(リアル・ワールド)に入り込んでしまう。 私は危険を感じた。このままでは、私の現実――維持しなければならない家族、食卓の規律、生活の糧を得るための労働――が、ファンタジーと融合してしまうと思った。
「ジ・エンド」の宣告
2007年6月。私は一方的に幕を引くことを決めた。 話し合いや段階的な距離の調整は行わなかった。
私はブログに最後の記事を投稿した。
相手に何かを望んだ時点で、この関係は終わりです。
私はこれからもファンタジー・ワールドで生きていくし、そのために確固たるリアル・ワールドを構築しなくてはいけません。
だから、このブログをジ・エンドにしましょう
それは、対話の終了というより、システムの強制シャットダウンだった。
私は彼女という鏡を、言葉の暴力によって叩き割った。
私自身の現実を守るために、彼女を切り捨てた。
本当は、守らなくてはいけない存在だったのに。
残された破片(2007年9月)
断絶から数か月後、彼女から一通のメッセージが届いた。
そのメッセージを読んだ時、私が最初に抱いた感情は、 「安堵」だった。 彼女が生きていること、文章を構成し、送信できることに。
バーチャルな空間でのやり取りが、生身に及ぼす事は何なのか。 「実験」の結果は、明白な失敗と、取り返しのつかない加害としての後悔として、私の前に提示されていた。
私は返信を書いた。 そこに謝罪の言葉は並べなかった。慰めや、同情の言葉も書かなかった。 私はあえて、突き放した言葉を選んだ。
ただ一つ、彼女との約束、
「2人で書いたブログを完全に抹消する事」
これは守らなくてはいけないと思った。
それは、同じ痛みを共有した仲間であり、唯一の共感者であった相手に対する、最低限の敬意であるだろう。
しかし、私たちは、その密室の中で、非常に重要な話もしていた。それはおそらく、中途養育者の困難を社会的に伝えるために必要な事だと思う。
20年経過した。
子どもは成人し、自分の親も、家族構成は変化した。
第3章は、今の私と生成AIの対話として、当時の鏡の破片を紡ぎ合わせてみようと思う。
もちろん、同じものにはならない。
それが何のためになるのか・・明確な答えは出せないが、こういう形態を通じて、少しでも、養育者が交替する事の問題を読み手に感じてもらえたら、少しは生き辛さが変わるのかもしれないと信じて。
