記録という名の戦術

私は、後の年金請求や公的支援を見据え、子どもたちの背景をジェノグラム(家族図)を含めた詳細な年表にまとめた 。
それは、覚醒剤、自死、複雑な養子縁組が入り混じる、過酷な記録だった。

私は、この「客観的な事実」があれば、医療という専門領域が、彼らの「誤学習」や「歪み」を解き明かすための道具(診断や処方)をくれると信じていた。

診察室の拒絶

しかし、発達クリニックの医師の反応は予想外のものだった。

年表を読み進めるうちに、医師の顔は怒りに染まっていった。 「(実の子ではないから)子どもを大事にしていない」 「もっと愛情を持って接してあげてください」 そう言って、医師は私を叱咤し始めた 。

私は困惑した。

私は、子どもたちを「可哀想な犠牲者」として泣き崩れるのではなく、彼らの未来を守るために、最も現実的で実利的な「準備」をしてここに立っていたつもりだった。

しかし、医師が求めていたのは、治療の糸口ではなく、私の「養育者としての情緒的な従順さ」だったのだ。

再び、プレグナンツの法則

後に、私は発達障がいの親の会に関わることになるのだが、最初の自己紹介の際、実親はほぼ涙をみせる。中途養育者は涙を見せることはない。これは何故か?
おそらく、子どもの背負い方が違う。

背負い方が、実親より軽いのだ。

それを重いふりをする事には価値がない。中途養育者には子どもの生涯を支え続ける決意の持ちようがないのだ。
だから、子どもの障がいについての要因分析を淡々と説明をする中に、自責の念は少ない。

それは、相談者として、愛情が少ないと、批判される根拠になっている。

我々は親ではないのに、親と同じように泣くことまで期待されている。

そんなまとまり(プレグナンツの法則)など、デメリット以外のなにものでもない。

愛情という名の丸投げ

発達障害の診断も下りず、処方もなく、ただ「愛情」という抽象的な精神論だけを突きつけられて、私は診察室を後にした 。

専門家ですら、この「瓶」を一緒に開けようとはしてくれない。

「愛情」という言葉は、救いではなく、支援を放棄するための免罪符として機能していた。

この日、私は医療や教育相談という外部機関への期待を完全に捨て、自らの判断で、独自の「療育」と「学び」の荒野へ足を踏み出す決意を固めた。