「親族」という名の死角

子どもたちを引き取った私を、社会は「立派な親族」として賞賛した。
しかし、それは同時に「専門的な支援の対象外」に置かれることを意味していた。

児童養護施設や里親であれば、専門の研修やケースワーカーの巡回がある。これは第三者委員による評価や、監査も含めて、適切な養育をされているか監視されるという意味でもある。

しかし、親族や知人が子どもを育てる「親族里親(インフォーマル・ケア)」の領域において、私たちは完全に放置されていた。

先ず、親族里親という言葉はネット上に存在するが、認定する機関がない。児童相談所は「ごめんなさい」という。資格もなければ、マニュアルもない。

ただ「親族には扶養義務がある」という理由だけで、傷ついた子どもたちの複雑な心理と向き合わざるを得なかった。

経験則の敗北

私がこれまで培ってきた「商売人の現実主義」や「現場での臨機応変な対応」は、彼らの抱える「誤学習」の前には無力だった。
日々のルーティン(Source 1)をどれだけ精緻に組み立て、共に九九を唱え、筋トレに励んでも、彼らの中に染み付いた「嘘で自分を守る」という生存戦略をリセットすることはできなかった。
体温計の偽装や連絡帳の改ざんといったバレバレの嘘。
それを「不道徳だ」と叱るだけでは、何も解決しない。
彼らにとってそれは道徳の問題ではなく、生き延びるために「身につけた習慣」のようなものだったからだ。

独学への転換

外部に助けを求めても、「自分で頑張ってください」という突き放した言葉しか返ってこない。

誰も助けてくれないのであれば、私自身が変わるしかなかった。
私は、それまでの「なりゆき」や「その場しのぎ」の養育を捨て、児童心理学や保育に関する専門的な勉強を開始した。
なぜ彼らは嘘をつき続けるのか。
なぜ規律を楽しんでいるように見えて、本質的な信頼が積み上がらないのか。
それらを解き明かすために、体系的な知識を求めて本を読み漁り、情報を集めた。
この時、切実に必要としたのは、精神論としての愛情ではなく、彼らの壊れた回路を修復するための「理論」だった。

終わりなき戦いの予感

勉強を重ねるほどに、中途養育がいかに困難なものであるかを突きつけられた。
私が家族の中で悪役を演じ続け、妻や義母が不適切な関わりをしないよう盾になり、「規律」という外骨格で彼らを支える。それが正しいのか、あるいは虐待のリスクを孕んだ危うい賭けなのか、確信を持てないまま日々が過ぎていった。

「上手くいっている」と誤解される見せかけの平穏の裏で、私はいつ終わるとも知れない消耗戦のただ中にいた。