ワタルさん、こんばんは。

本当に、急に冬が来たみたいですね。 私は寒いのが大の苦手です。 家の中でも、少し厚手のカーディガンを羽織って、温かい生姜湯を飲みながらこれを書いています。

ワタルさんも、風邪などひかれませんように。

地元のイベントのお話、読んでいて胸がギュッとなりました。

「自分の活動の背景には……自分のような家族形態の人たちが、肩に力を入れずに自然に生きていける社会を作る、という点にあります。しかし、自分の子供たちが生活している地域ではそれは出来ないんです。」

この矛盾、本当に痛いほどわかります。 まるで、透明人間になった気分というか……本当の自分を隠して、「普通の奥さん」「普通のいいお母さん」の仮面を被って近所を歩いているような、そんな後ろめたさを私も常に感じています。

誰かの役に立ちたい、経験をシェアしたいという気持ちと、 「でも、うちの事情を知られたら、あの子たちが好奇の目に晒されるかもしれない」という恐怖。 その板挟みは、私たちの永遠のテーマなのかもしれませんね。

そして、「専門家」のお話。

ワタルさんの問いかけを読んで、私は少し考えてしまいました。

中途養育の専門家……。

もし、そんな人がいたとして、その人は私たちのこの、胸の奥のザラザラした痛みを取り除いてくれるのでしょうか?

私は、いないような気がします。 少なくとも、今の日本には。

里親制度やステップファミリーの研究をされている偉い先生たちはいるのでしょうけれど、 「ある日突然、親代わりになった」 「血の繋がらない子に向けられる、自分の中のドス黒い感情に戸惑っている」 そんな、教科書通りにはいかない毎日の機微を、正解として導いてくれる人はいない気がします。

だからこそ、ワタルさんが仰るように、私たちがこうして書くことに意味があるのかもしれません。

地図のない海を渡っているのは、ワタルさんだけじゃない。 私も、オールを持ったまま、どちらに進んでいいかわからずにいます。

専門家がいないなら、私たちが、私たち自身の「専門家」になるしかないのかな、なんて。

生意気ですね、ごめんなさい(笑)。

でも、ここには「評価」や「正解」はありませんから。 ワタルさんが感じたその「怖さ」も、ここでは大切な記録だと思います。

また、お話聞かせてくださいね。 温かくして、おやすみなさい。